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東京地方裁判所 昭和35年(モ)274号 判決

債権者 亀戸二丁目共同住宅新築工事組合

右代表業務執行者 小坂 等

右訴訟代理人弁護士 内藤功

債務者 遠藤章

右訴訟代理人弁護士 成富信夫

右同 川崎友夫

右同 成富安信

右同 風間武雄

右同 山分栄

主文

1、本件は、昭和三十五年九月二十八日債権者が書面でした仮差押命令申請取下によつて終了した。

2、本件について昭和三十五年十二月五日債務者がした期日指定申請以後の訴訟費用は、債務者の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

先ず債権者代理人が昭和三十五年九月二十八日附書面を以てした仮差押命令申請取下によつて本件が終了したがどうかについて判断する。

一、そこで仮差押債権者が仮差押命令申請の取下げをすることができるかいなかについて検討する。

本件は債権者の仮差押申請に基いて当裁判所が発した仮差押決定に対し、債務者から異議を申立てたので、口頭弁論として係属中、債権者が仮差押申請を取下げたものである。もともと仮差押命令に対する異議は、口頭弁論を開いて仮差押申請の当否を再審理し、終局判決で裁判することを求める申立であつて、口頭弁論を開かないでした仮差押決定自体の当否を直接に審判の対象とするものではなく、審判の対象は仮差押命令申請の当否であり、口頭弁論を開いて再審理した結果仮差押命令の申請が理由があれば、さきにした仮差押決定を認可し、理由がなければ、仮差押決定を取消しているけれども、前者は同一の仮差押をあらためてすることを避けるために便宜上しているに止まり、後者は仮差押命令申請自体が理由がないから右申請に基いて発せられた仮差押決定自体を存続さすべきでないとの趣旨で取消しているに止まるのである。これを通常訴訟にたとえれば、仮差押命令の申請人は原告、仮差押命令の被申請人すなわち異議申立人は被告ということができる。従つて保全処分に準用される民訴法第二百三十六条第二百三十七条により仮差押債権者はいつでも仮差押命令申請の取下をすることができるのであつて、債務者からの異議申立があつたからといつて、保全処分申請の取下ができないわけではないというべきである。

二、しかし、この場合民訴法第二百三十六条第二項が準用されて債務者の同意がなければ取下げの効力が生じないものであるか、どうかにつき検討する。

そもそも民事訴訟法が第二百三十六条第二項によつて訴の取下について被告の同意を必要としているのは、被告が請求棄却の判決を得て再びその請求について訴を提起される危険をなからしめようとする利益を保護するためと解せられるから保全訴訟の場合においても債務者が同様の利益を有しているか否かによつて、前記条項の準用の有無を決すべきである。そこで請求棄却の判決に比すべき債権者の保全処分命令の申請却下の判決があつて、その判決が確定した場合を考えてみると、この場合には通常訴訟において本案の請求権の存否(本件の場合は損害賠償請求権の存否)という実質的確定力を生ずるのと異なり、右のような実質的確定力を生ぜず、右申請却下の判決の効力は、同一の条件で債権者から債務者に対し同一の保全処分の申請がなされる場合にのみ及ぶものであつて、一度その条件を異にして保全処分命令申請がなされるときは右判決の効力はこれにおよぶことができないのである。従つて仮りに本件について既にされた仮差押決定の取消、本件仮差押命令申請却下の判決があり、これが確定しても、債権者主張の損害賠償請求権の不存在が確定するものでないこと勿論である。また債権者が債務者に対して供した保証金は、本件仮差押決定が異議訴訟で取消されても、債務者は直ちに之に対して権利を行使することができないのであつて、右仮差押決定が不法なる場合に債権者に対して有する損害賠償債権の請求訴訟を別に提起し之に勝訴してはじめて右保証金に対して優先的に権利を行使することができるにすぎないのである。従つて通常の訴の取下の場合と異なり、保全訴訟の場合には債務者の同意がなければ債権者は仮差押申請の取下の有効になし得ないと解したとしても、債務者の利益は前記のように極めて少いものであるから、保全訴訟手続には民訴法第二百三十六条第二項は準用されないと解するのを相当とする。(なお債務者勝訴の場合には既になされた仮差押決定は依然維持されること(2)反対に申請の取下が有効になされると、民訴法第二百三十七条の準用により保全訴訟は係属しなかつたものとみなされ、右仮差押決定は之によつて当然に失効し、前記保証金も債権者において直ちに取戻せるかというに、その間有効に存在した仮差押決定により有効にされた仮差押執行の存在を否定することができないから改めて仮差押執行を取り消したうえ、同法第百十五条の準用により債務者の同意もしくはこれに準ずる手続をとらなければ取戻の措置にでることができないことをも考慮するならば債権者の一方的な取下によつてその効力を生ずるとしても、債務者は格別の不利益を蒙るものでないことも考え合わせる必要があろう。

三、以上のような次第であるから、債務者代理人が昭和三十五年九月二十八日附書面による本件仮差押命令申請の取下は債務者の異議にかかわらず、直ちにその効力を生じ(尚同代理人に申請取下の特別授権のあること本件記録中の委任状により明かである。)本件訴訟はこれを以て終了したものというべきであり、その後同年十二月五日に至り債務者代理人から本件訴訟の進行を求めるため口頭弁論期日の指定申請をしたけれども、本件許訟はもはや之をいれて進行すべきではない。

よつて民訴法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 柏原允 藤島千恵子)

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